第3回: AI見積の「2つの理想」とその限界。そして解決策としての「第3の案」

1. はじめに:「AIは万能ではない」という現実

第2回では、AIが図面の「形状」や「文字」を認識する驚くべき技術を解説しました。これらの技術の登場により、「ついにAIが見積業務を全自動化してくれる」という期待が急速に高まっています。

しかし、ここで私たちは冷静にならなければなりません。

現状のAIは、PDF図面を認識することはできても、それだけで「現場を知り尽くしたベテラン」のように、ゼロから自社にとって最適な「工程設計」を立ち上げることは簡単にはできません。

では、AIは見積業務において、どのような場面で役立つのでしょうか。現在、AIが見積りを支援するアプローチには、大きく「2つの方向性」がありますが、それぞれに「現実的な限界」が浮上しています。

2. 「2つの方向性」と「現実的な限界」

方向性1:「過去実績の検索」支援アプローチ

見積時間を削減する確実な方法は「過去実績の活用」です。このアプローチとして、AIを「高性能な検索エンジン」として活用します。

  • AIの役割: 人間が「今回来た図面」をAIに渡すと、AIが「実績データベース」から瞬時に検索。この図面に似ている図面の過去の実績を提示します。
  • 人間の作業: AIが探してきた類似図面の過去実績と今回の図面を比較し、「ここが違うから、プラスいくらだ」という差分で見積を作成します。
  • 現実的な限界(課題): このアプローチは「探す」時間は短縮できますが、最終的な「差分の判断」は人間に依存します。つまり、見積担当者の「勘」と「経験」という属人化は残り、見積精度も結局は人頼みになってしまう、という課題が解決されません。

方向性2:「見積金額の自動提案」アプローチ

こちらは、AIが「差分」の見積にまで踏み込み、金額そのものを提案するアプローチです。

  • AIの役割(理想): AIが図面内容(工法、材質、穴の数など)を認識し、「過去の図面と比べ、今回の図面は穴が1個多い」ことを差分として判断します。さらに「この穴あけ加工は、過去の実績からプラス500円に相当する」とAIが判断し、差分を含めた金額を自動で見積りします。
  • 人間の作業: AIが「たぶんこうです」と見積りした金額を、人間が確認します。
  • 現実的な限界(課題): このアプローチの最大の課題は正確性です。AIが何を根拠にプラス500円と判断したのか、人間には完全に見えません。もしAIの学習データ(=過去の実績)自体が間違っていたら(例:過去に赤字で見積もっていたら)、AIも間違った見積を提案し続けます。 妥当性が確認できないため、見積業務をAIだけに任せられない、という大きな壁があります。

3. 第3の案:「AIアシスト」×「人間」ハイブリッドモデル

方向性1は「属人化が残り」、方向性2は「精度が不安」。 どちらもAIに「判断」させようとすると限界があります。

ここで、AIに「答え(見積金額)」を出させるのではなく、AIをアシスタントとして活用します。そうすることで、人間は人間にしかできない作業に集中できます。

この「AIアシスト × 人間」こそが、見積業務における現実的で効率の良い解決策「第3の案」です。

  • AIの役割(アシスタント):
    1. 探す: 過去の類似実績を瞬時に探し、見積の「当たり(参考値)」をつける。
    2. 転記する: 図面から「材質、数量、品名、図番」といった、必要な情報を自動で認識し、見積システムに転記(入力)する。
  • 人間の役割(見積担当者):
    1. 確認する: AIが提示した情報(過去実績、自動入力された図面情報)を確認する。
    2. 見積りする: システム上で、AIの支援を受けながら、最終的な加工工程や工数を確定させ、「原価」に基づいた正確な見積を完成させる。

AIが面倒な「探す」「転記する」作業をすべて代行し、人間は最も重要な「確認」「計算」に集中できます。これにより、「AIのアシストによる図面情報の抽出」と「従来通りの原価に基づく見積業務」という、2つの作業を両立させ効率化することが可能になります。

4. まとめと次回予告

AI見積の「過去実績の検索型」と「見積金額の自動提案型」という2つの方向性には課題があり、解決策は「第3の道(AIアシスト × 人間」であると解説しました。

しかし、ここで重要なのは、その見積業務自体が「ベテランの勘と経験」によって属人化していることが多いということです。

真の解決策は、AIによるアシストに加え、この見積業務自体を「標準化」することにあります。

  • 勘と経験の排除: 「このくらいの金額だろう」というベテランの“勘”を排除し、誰でも正確な見積りができる「加工見積の標準化」を目指します。
  • 加工費の効率化と正確性: 「標準化された計算式」と、第2回で触れた「AIアシスト(寸法クリックなど)」を組み合わせることで、誰でも効率的かつ正確に見積を算出できる仕組みを作ります。

「AIによる検索・入力アシスト」と「見積業務の標準化」。この2つが揃うことで、見積業務は属人化から脱却できます。


次回(第4回)は、AIを使用した「図面・見積」サービスの3大類型が、この「見積業務の標準化」とどう結びつくのか、具体的に比較します。

(第4回へ続く)


  • この記事の技術監修

足立 昌彦(株式会社GENKEI 代表取締役) Google Developer Experts認定

本シリーズでは、その技術的知見に基づき、製造現場におけるAI活用の正確性と実用性を監修。