第1回: その図面資産、”錆びついた治具(ジグ)棚”になっていませんか?

1. はじめに:「図面資産」が「治具棚」と化すとき

機械加工の現場において、「過去の図面」や「受注実績」は、技術とコストのノウハウが詰まった”宝の山”であるはずです。

しかし、その「宝」は、工場の片隅にある「治具棚」と同じ運命をたどりがちです。

  • 「貯めるだけ」で棚は一杯になる。(=膨大な図面データ)
  • 「使い方を知る人」(=ベテラン)しか、どれが何の治具か分からない。(=属人化・探せない)
  • 「活用できない」から、似た案件が来ても、また治具を作成してしまう。(=見積りし直し)

本来は利益を生む「資産」が、使われることもなく錆びついてはいないでしょうか。

この「図面資産の錆びつき」こそが、「見積の遅れ」や「赤字受注」を生む元凶です。

本シリーズ(全4回)は、このような課題に最新のAIがどう役立つのかを解説していきます。第1回は、まず現場が直面する「3大課題」を深掘りします。

2. あなたの会社は大丈夫? 図面管理・見積業務の「3大課題」

もし、以下の課題に「ウチもそうだ…」と一つでも思われたなら、 この記事は、きっと御社の課題を解決するヒントになるはずです。

課題1:ベテランの「記憶」だよりの“過去実績”検索

これが最も深刻な課題、「属人化」です。

新規の見積依頼が来た際、見積の参考になるデータのひとつは「過去の類似品」のコスト実績です。しかし、従来のファイルサーバーでは、顧客名や品番など限られた情報でしか探せないことが多くあります。

このため、最後に頼りにするのは「この形状、確かBさんが去年やったあの部品に似ている」といった、一部のベテラン見積担当者の「記憶」と「勘」であることが多いのではないでしょうか。

「あの人がいないと、ウチの見積は止まる」。これは、健全な経営と技術承継における最大のリスクです。

課題2:ファイルサーバーに「埋もれる」過去の“コスト実績”

「ウチはデジタル化済みだ。すべてのデータがサーバーに入っている」 。このようなお話を聞く機会が多くあります。しかし、実際には過去のファイルを「保管」しているものの、「活用」できる状態にはなっていないケースに多く遭遇します。

「製品形状が似ている過去の図面」を瞬時に探し出し、

  • 「この図面は、過去にいくらで見積もったか?」
  • 「この公差の部品は、実際いくらの原価(実コスト)がかかったか?」

といった「コスト実績」と瞬時に結びつける「過去実績の活用」までできていますでしょうか。

このような活用ができていないと、毎回ゼロから工数や原価を積算することで、見積りし直しという非効率な作業を繰り返すことになります。膨大な図面と見積実績は、ただサーバーの容量を圧迫するだけの「デジタル・アーカイブ(書庫)」と化してしまいます。

課題3:見積の「遅れ(=失注)」と「バラつき(=赤字)」

この問題は、上記の2つの課題(属人化・探せない)から必然的に発生する、経営レベルの課題です。

見積スピードの遅延による「失注」

顧客(発注元)は、1秒でも早く回答が欲しいと思っています。過去実績を探せず、ベテランの確認待ちで回答が遅れれば、それだけで「スピードが速い競合他社」に仕事を取られてしまいます。

見積精度のバラつきによる「赤字」

担当者の「勘」に頼った見積は、必ずバラつきます。Aさんが出せば黒字、Bさんが出せば赤字になる。このような状態では、安定した利益確保は不可能です。安く取りすぎて赤字になるリスクと、高く出しすぎて失注するリスクを常に抱え続けることになります。

3. なぜ、「紙」や「フォルダ管理」では限界なのか?

多くの加工現場では、図面は「紙のバインダー」や「顧客・日付別のフォルダ」で管理されています。

これらは立派な管理手法ですが、なぜ「属人化」を解決できないのでしょうか。

理由は単純です。これらの管理方法は、「図面の外側」の情報(顧客名、日付、品番)でしか検索できないからです。

過去の実績を見つけるためには、「図面の中身(形状)」と「図面の外側の情報」を紐づける必要があります。ベテランの担当者は「記憶」でこれを紐づけています。

しかし、紙やフォルダ管理では、図面に描かれた「形状」や「材質」といった”中身”を読み取って検索することはできません。

従来の管理方法はベテランの「記憶」を補助するものの、代替はできないのです。だからこそ、「あの人がいないと見積りが止まる」という根本的な課題が解決しません。

4. 課題解決の鍵は「AI」

「属人化」「検索性」「見積のバラツキ」。 これらの根深く、解決困難とされてきた課題を、今、「AI(人工知能)」が根本から覆そうとしています。

AIは、ついに人間の「目」と「脳」のように、図面の中身を理解し始めました。


次回の第2回では、その「技術的な中身」に迫ります。 AIは具体的にどのように図面を「読み」「認識」するのか? 「AI類似図面検索」と「AIによる図面内容認識」という2つのAI技術について、その仕組みと活用事例を徹底解説します。

(第2回へ続く)


  • この記事の技術監修

足立 昌彦(株式会社GENKEI 代表取締役) Google Developer Experts認定

本シリーズでは、その技術的知見に基づき、製造現場におけるAI活用の正確性と実用性を監修。