第2回: AIは図面をどう「読む」のか? ~AI類似図面検索と図面内容認識の技術~

1. はじめに:AIが「ベテランの目」を超える日

第1回では、製造業の現場が抱える「属人化した図面検索」や「見積のバラツキ」といった深刻な課題を取り上げてみました。そして、従来のファイル管理方法では、ベテランの「記憶」や「勘」を代替できなかった現実を見てきました。

では、なぜ今、「AIなら可能だ」と言えるのでしょうか。

それは、AIが単なる「ファイル検索」ではなく、図面に描かれた「形状」や「文字情報」そのものを、人間のように(あるいは人間以上に)正確に読み取る技術を急速に身につけ始めているからです。

今回は、そのAI技術である「① 類似図面検索」と「② 図面内容認識」の2つの類型について、AIが一体何をしているのか、そしてそれによって現場の業務がどう変わるのかを具体的に解説します。

2. AIによる「類似図面検索」

これは、第1回で挙げた「ベテランの記憶」をシステムが代替する技術です。

(1) 技術解説:なぜAIは「似ている」を判断できるのか?

従来の検索(キーワード検索)は、「人間が付けたタグ(例:材質 ‘SUS304’)」が一致するかどうか、つまり「0か100か」の合否でしか判断できませんでした。

しかし、AI類似図面検索は違います。

  • 図面の「情報」を抽出: AI(主に画像認識技術)が図面をスキャンし、その図形の形状、部品の輪郭、穴の数や位置関係といった、その図面を特徴づける無数の「情報」を抽出します。
  • 「ベクトル化」して比較: AIは、それらの特徴量を「ベクトル」と呼ばれる数値の羅列に変換します。これは、AIが理解できる「図面の指紋」のようなものです。
  • 「距離」で類似度を判定: 新しい図面が読み込まれると、その図面も即座にベクトル化されます。そして、過去に蓄積された全図面のベクトルと比較し、「ベクトルの距離が近い(=指紋が似ている)」順に結果を表示します。

これにより、「完全には一致しないが、形状が85%似ている」「この部品とこの部品は構成がよく似ている」といった、人間の「なんとなく似ている」という曖昧な感覚を、AIが「類似度」として提示してくれます。

(2) 活用事例(メリット)

この技術は、特に「見積」と「設計」の現場で役立ちます。

  • 活用事例①:見積業務(スピードと精度の両立)
    •  [Before] 新規の見積依頼でその図面を見ても、過去の実績を探せず、ゼロから見積り。時間もかかり、精度も担当者依存だった。
    •  [After] 図面をAIシステムに投入するだけで、瞬時(数秒)に過去の類似図面を探し出し、その時の見積を確認できます。「勘」ではなく「過去の実績データ」に基づいた、迅速かつ根拠のある見積作成が可能になります。
  • 活用事例②:設計業務(流用設計の促進)
    •  [Before] 過去図面を探しきれず、似たような部品を毎回新規で設計。工数がかさみ、部品点数も増え続けていた。
    •  [After] 設計の初期段階でAI検索をかけることで、類似の過去図面を即座に発見。過去の設計資産を最大限に活用し、設計工数の大幅な削減と部品の標準化を推進できます。

3. AIによる「図面内容認識」

「類似図面検索」が図面の”形”を読む技術だとすれば、こちらは図面に書かれた”文字情報”を理解する技術です。

(1) 技術解説:単なるOCRと何が違うのか?

AIが図面に記載された「注記」や「表題欄」などを読み取り、分析し、推測することで、そこに記載された文字や文脈を認識します。

例えば、以下のような項目を自動で認識し、データ化します。

  • 「(部品名)」を「品名」として認識
  • 「XYZ-001」を「図番」として認識
  • 「SUS304」を「材質」として認識
  • 「黒染め」を「表面処理」として認識
  • 表題欄に隣接した位置に書かれた「100」を「数量」として認識
  • 図面内に書かれた「φ20」や「100mm」といった「寸法」を、後の積算作業で使えるようにテキストとして認識

このように、単なる文字の羅列ではなく、「意味を持ったデータ」として抽出・構造化できる点が決定的な違いです。

(2) 活用事例(メリット)

この「図面内容認識」の技術は、見積業務の「文字入力作業」を効率化します。

  • 活用事例①:見積書への「文字情報」転記の自動化

従来の作業では、見積担当者が図面を見ながら「品名」「図番」「材質」「数量」などを目視で確認し、見積書の指定欄(Excelなど)に一件一件、手入力していたと思います。

AIは、これらの「品名」「図番」「材質」「数量」といったテキスト情報を図面から自動で認識し、各項目に自動で転記します。

これにより、入力ミスや確認作業といった、最も単純でありながら時間のかかる作業時間を削減できます。

  • 活用事例②:見積作業における「“手入力”と“経験”」のアシスト 

加工費の「積み上げ見積」における最大のボトルネックは、担当者が図面(PDF)と、見積を行う別の場所(Excelなど)を見比べ、「φ20」という文字を「これは“穴”の加工だ」と頭の中で“意味”を翻訳し、寸法を“手入力”する、属人化しがちなプロセスです。

AIが搭載された見積機能では、このプロセスが根本から変わります。

システム上で担当者は、まず(これから計算したい)加工項目として「穴あけ加工」を選びます。

次に、キーボードを触る代わりに、図面上の「φ20」という文字を直接クリックします。たったこれだけで、その「穴あけ加工」の計算に必要な寸法として「20」という数値が自動で反映されます。

「目で見て、頭で考えて、手で入力する」という面倒な作業が、「(計算したい)項目を選んで、(図面を)クリックする」だけの直感的な操作に置き換わります。

これは、AIが「ベテランの見積作業」を強力にアシストしていることに他ならず、見積作業そのものの高速化と標準化(=属人化の解消)を実現します。

4. まとめと次回予告

今回解説したように、AIは図面の「形状」と「文字」を読み取ることで、これまでベテランの経験に依存していた業務をシステム化し始めています。

  • 類似図面検索 = “形”を読み、過去の実績(コストやノウハウ)と繋げる技術
  • 図面内容認識 = “文字”を読み、見積のインプットやデータ分析を自動化する技術

これらはAIによる強力な技術です。 では、このAI技術を手に入れたことで、製造業の重要課題である「見積業務」は具体的にどう変わろうとしているのでしょうか?

AIによる見積には、実は「2つの方向性」と、それぞれが抱える「現実的な限界」があります。


次回の第3回では、AI見積が直面するその限界と、それを乗り越えるための現実的な「第3の案」について、深く掘り下げて解説します。

(第3回へ続く)


  • この記事の技術監修

足立 昌彦(株式会社GENKEI 代表取締役) Google Developer Experts認定

本シリーズでは、その技術的知見に基づき、製造現場におけるAI活用の正確性と実用性を監修。